台風と言えば夏の風物詩でもありますが、規模が大きすぎたり雨が強すぎたりすると被害も大きく風物詩どころの話ではなくなります。

良くも悪くも日本人の生活には切っても切れない台風について、今回はその観測の歴史を簡単にご紹介したいと思います。

私たちは、今では当たり前のように気象衛星からの画像をテレビで見て「今台風は太平洋のこの辺りにいます」と気象予報士が伝えるのを聞きます。

ネットではほぼリアルタイムで台風の場所を知ることができます。

台風の場所はいつから分かるようになったのでしょうか。

100年前には人口衛星はありませんし、どのようにしていたのでしょうか?

大昔の台風観測

大昔は天気予報自体がございませんから、台風にしても雲の動きや風の動きなどによって、さらには気圧の大きな変化をからだで感じて経験のある人がこれは台風が来るのだろう、と予測していたようです。

実際には「明日にはここに来る」と直前にならないはっきり分からなかったのだと思います。

近代的な観測が始まったのは昭和以降のようです。

当初は観測船で観測していました。

しかし台風が近づくと船も避難しなければなりませんし、遠くの台風を観測することもできません。

遠くに発生した台風が今どこにいるかを知ることが必要なケースとしてこんな話があります。

南の海で漁をしている漁船が台風に遭遇します。

どうなると思いますか?

漁船の速度は最高時速40kmほどです。

台風の進行速度は最初こそ時速20kmほどですがやがて40~50kmほどになりケースによってはもっと早くなります。

つまり漁船が海に出たままだと、台風に気が付いた時にはもう逃げられないのです。

よって被害も昔はもっと多かったと推測されます。

国が進行させたプロジェクト

では上陸後はどうなのでしょうか。

遠くの台風の情報がないとどうなるでしょうか。

それは台風の規模や、進路の情報が入らず、避難のタイミングもわからないという状況になってしまいます。

そのため1959(昭和34)年に、死者行方不明者5000人以上という「伊勢湾台風」の未曾有の大被害が起こってしまいました。

そしてこれを受けて国も必死にあるプロジェクトを進行させました。

某局のプロジェクト番組でも紹介されましたが富士山山頂への気象レーダーの設置です。

すでに気象レーダーはあったのですが低地から観測しても遠方のデータは取得できず、日本で一番高いところへの設置で800キロ先まで観測できるようになるという単純なものでした。

ただ富士山山頂へのレーダー設置は当時の技術では対応不可能なほどの困難がありました。

レーダーの心臓部を山頂に運ぶために、晴れた日にヘリコプターで持ち上げ衝撃を与えないように降ろさなければならないのですが、そもそも重すぎて当時のヘリでは運べないという根本的な問題がありました。

もっと言えば山頂の風は複雑で天候が変わるのも早く、単純にヘリコプターでは行けない場所だったというのです。

もちろん車で運べるわけはなく人間が持ち運びできるしろものでもありませんから、まさに「ミッションインポッシブル」だったのですね。

ですから伊勢湾台風という未曽有の被害がなければ設置はあきらめていたかもしれませんが、あれほどの人命が失われると、一命をかけても設置しなければという動きが起こりました。

1964年、旧日本海軍航空隊のパイロットが、重さを減らすためにドアも窓枠もすべての余分な部材を取り外した“がらんどう”のヘリコプターを命がけで操縦し、機材の心臓部の運搬に成功するという奇跡のようなドラマがありました。(もう映画の世界です)

奇しくもその日は終戦の8月15日、無事山頂から戻ったパイロットは戦争で亡くなったたくさんの部下を思い出し、今回はひとりでも多くの人を救う任務に成功して、しばらくヘリから出ることができず男泣きに泣き続けたと・・・・

飛躍的に向上した日本の台風観測

いずれにしても日本の台風観測は富士山に観測所ができて飛躍的に向上しました。

それからは800キロ南方の台風も観測できるようになったのです。

やがて静止気象衛星ひまわりが77年に打ち上げられ、観測の主役は気象衛星になります。

ただしです。

気象衛星のデータ観測は最近異常発生するスーパー台風相手だと誤差が大きくなるのだとか。

大きすぎて測れない、というようなことらしいのです。

そこで今度は気象衛星に加えて、洋上の台風に飛行機で近づき直接観測する計画もあるそうです。

これはまた決死の飛行ではないのかと素人目には感じます。

このように日本では台風と人間の知恵くらべが今も続いています。

自然に勝つことはできませんが、より正確な情報をより早く知ることで、被害を最小に抑えることは可能になるでしょう。

台風情報には多くの人のたくさんの努力や気持ち・願いが込められているのだと気付かされました。

私たちはこれからも異常気象や大型台風に見舞われると思いますが、気象情報を甘くみず、身の安全を第一に行動したいと強く思います。